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朝が来た。嫌いだった。ずっと夜でよかった。神も仏も信じないし、人や運命を恨みながら生きて行こうとしている者にとって、暗い方が隠れ蓑になってくれるので都合がよかった。
布団から顔を半分出して少し目を開けると太陽は今日の働きをしようと、太陽らしい光をきちんと放ち始めていた。やっと目を覚ました人間とは大違い。きっと笑っている。それならまたひと眠りしようと、布団に顔を引っ込めたが、寝ているニ階へ母が上がって来た。
「今日は老人会から旅行に行くって前から言っていたでしょう。これから出掛けるから洗濯物干しといてね」
仕方がない。しぶしぶ起きて太陽と顔を合わせたくないので、背中を向けて洗濯物を干し始めた。
背中が暖かい。いつも冷たい背中が今日は暖かい。太陽の光を浴びて全体が暖かいのではなく、強くそれでいてやさしく一点に集中していた。刺されている強さはなく、何だろう、と見たくてたまらなくなったので、ゆっくりゆっくり鏡台を目指して歩いた。途中、美しい色の扇子をもらった時絵柄は何かしらと少しずつ楽しみながら開いた時の事を思い出した。あの時の気持ちと似ていた。だから恐くはなかった。
鏡に写った背中には紋白蝶が二匹、交尾をしていた。
そのまま立っていた。動いてはいけない。いずれ生命が誕生する厳粛な行為が行われている最中に、冷やかしたり追い払ったりするのはもっての外だ。じっとしていよう、只そう思った。
数分が過ぎた。好奇心がモヤモヤと立ち込めて来た。いけなと思いながらも、負けてしまった。だから「失礼します」と心の中で言い、瞑っていた目を開けると二匹は交尾したまま、ハネムーンのやり直しなのか大空へ飛んで行った。
いつか紋白蝶の新しい生命が生まれたら、精一杯生きて欲しい。人間の親にはなれなかった分、心からそう思った。
大空へ向けていた目は太陽に向いた。痛いくらいに眩しかったが、気持ちがよかった。(完)
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