第5回
 家具屋があった。
 ニ階にある父が使っていた古い藤椅子の代わりになる椅子があるだろうかと、薄ら思い始めていた。だから店へ入った。そう広くもなく、客達の顔がよく見えた、その中に若い男女がいた。ベッドを見たり、鏡台を見たり、テーブルを見たり、足の動きが軽やかだ。新しい暮らしを始めるのだろう。ここでも門出の人と会った。
 こんな時は堂々と、好きな人と一緒に暮らせる喜びを包み隠さず世間に触れ回っていい。少しばかりの大胆な振る舞いでも大目に見てくれる。目出たい事だからと。
 そう思いながらも、半分は焼けを起こしそうなくらい屈折していた。
 店内を軽やかに動き回っていた男女の男性の方が女性から離れて、一人用の椅子に座った。
 座り心地を試している様子ではない。両目は閉じていた。あやされていて、綿菓子のピンクの色に包まれているようで、可愛くて純情な顔をしていた。しかしそれも束の間
「純ちゃん、こっちこっち」
 相手の女性は二人掛け用のソファーから勢いよく座ったせいかスカートが捲れ、片方の太股が見えたかっこうで手招きした。
「これがいい、ねっ、これにしよう」
 女性の肩は呼ばれて座った男性の肩に否応なくくっつく。くっついた肩を揺らしながら甘えた声でそう言った。男性はにやける訳でもなく、中途半端な返事をしながら、目はさっき座った一人用の椅子を見ていた。
 玉枝は思わぬ光景を見てしまったせいか、その椅子に興味を持った。空いていたので座ってみた。いい。この椅子を作ったのは男の人ではないかと思った。黙って黙々と一途に女性の柔らかい体を包みたい一心で完成させたに違いない。そして本当に情深く抱いてくれた。欲しくなった。でも純ちゃんと呼ばれていた男性がこっちを見ていた。彼もこの椅子に抱いてもらったから欲しがっている。まるで駄々っ児のような視線だった。
 椅子を買うタイミングを外してしまった。椅子を買えばあの男性は二人掛け用のソファーに座らせられるだろう。一人の方がいいのかもしれない。可哀想に。二人を引き離したいのではないけれど、あの椅子に座らせてあげたい。でも……。複雑に高揚して行く心をまとめられず、さっきもらった引出物の入った袋をこれ幸いとばかり、ガシャガシャ、ガシャガシャ、継続して音を立て店を出た。
 家に帰っても椅子に抱かれたあの余韻が体の裏側に残っていて、表側にある胸は共通するものを持ち合わせたらしい男性を想っていた。(つづく)
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