第3回
 夫から電話が掛かって来た。
 夫は本題はそっち退けで「親戚の結婚式へ一緒に出席して欲しい」と言う。
「別れようとしているのにどうして?」と聞くと
「親にも兄弟にもまだこの事は話をしていないので、今回は夫婦のままで」と頼むのだった。
 結局、一日分の日当を払ってもらい、どこからどう見ても完璧な妻の役を引き受けましょうと話し合いがつき、受け負った。酒と食事付きで短時間で済む。悪くないアルバイトだった。
 旅行用バック一つ、紙袋一つ、いつも持ち歩く財布やハンカチ等を入れる小さ目のバック一つ、合計三つを下げて家を出た。三つにした特別な理由はないのだが、多分子供の時からの習慣だったのだろう。日本人は奇数が好きである。単なるそれだった。
 無意識にそこいらの物を袋に詰め込んだが、その中に結婚式へ着て行ける服が入っていない。袋の数を手頃なところで四つにしたら該当する服は持って来れたかもしれない。四は縁起の悪い数だと、お嫁入りでもないのに家を出る時に迄及んで、そう思ってしまったようだ。
 電話で夫と話をした時、女性とはまだ一緒に暮らしていないと言っていた。だから、服を取りに行った。
 あんなに手入れをしていた庭が荒れていた。家の中も散らかっていた。今迄庭も家の中も、それは綺麗にしていた。そう出来たのは二人共五月の新緑が好きで、食事をする事も好きで、おまけに心臓がよく働いてくれたからだった。
 たまには退屈だったり、窮屈だったりした時もあったけど、「行ってらっしゃい」も「お帰りなさい」も欠かさなかった。
「行ってらっしゃい」と言う時は、朝食を済ませネクタイが曲がっていないかとチェックが終ってからだった。「お帰りなさい」と言う時は、お風呂も夕食の仕度も万事準備が出来ていた。
 夫からうとましく思われている様子もなく、この生活はずっと続くのだろうと思っていたのに異変が起きた。
 それからお互いに対応策を出さない、ちぐはぐした状態が続いたせいで、荒れた庭や散らかった家の中を生んだ。元に戻すには時間が掛かりそうだが知らんぷりは出来ない。せめて象で言えばしっぽの部分だけでも美しくして、服を持ち出すと言う当初の予定を実行したかった。
 上辺だけを取り繕う掃除と言っても、時間はどんどん過ぎて行った。お腹が空いた。コンビニでおにぎりを買って来て口に頬張っていると、玄関の標札が気になった。標札は名前が二人並んでいる。二人だけで写真に納まっているようなものだから、新しい二人には迷惑だろう。それではと取り外した。そして油性のマジックインクを持って来て、二人の名前に相合傘を書き「バイバイ」と手を振ると、庭を掘り埋めた。埋め終ると、今度はシャベルに付いた土を取りたくなった。だから親しんだ庭の土と遊ぶ時間が長くなった。
(つづく)
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