第4回
 結婚式と披露宴が行われるホテルのロビーで、夫と久しぶりに会った。夫は元気がなかった。父親になる喜びを隠し切れないでいるのかと思ったら、そうでもなかった。昔なら心配したのに。今、これは玉枝の役目かな、と女性の存在が頭を過った。そして夫に対して、非常識な冷たい人間になって行く途中だったから、何も聞かなかった。
 披露宴が終り、まわりの人達からも笑顔で見送られ、二人でタクシーに乗った。タクシーの中は打って変わって、一度も陽を受けた事がない北側の部屋のようだった。
 夫は、女性は籍に入る事は希望していないと言った。子供はひとりで産んで育てるから養育費を銀行に振り込んで欲しいそうだ。自分の支配下の中で子供を育てるのではないとなれば、精子だけを取られた夫は、いや男は翼を開げられず、大きくはばたく事が出来ずにいるのだろう。もしかしたら女性を無心に愛さなかったのかもしれない。しっぺ返しを食らっている。
 でも同情はしなかった。だから冷静に話を聞き、さっき食べたステーキソースが口元に付いているのを、笑う訳でもなく、知らせる訳でもなく見ていたが、つまらなくなり突き離すようにくるりと車窓へ目をやった。
 繁華街へ来たところでバイト料を受け取りタクシーを降りた。
 満腹で懐具合もあたたかいのに、今ひとつおもしろくない。
 玉枝にも子供が欲しくてたまらない時はあった。医学的な治療も受けたし、神社にも参った。効果があると言われた温泉にも通ったし、山の湧き水も汲みに行ったし、お地蔵さんも撫でた。代理母の問題も考えた。養子をもらう事も頭から否定はしなかった。そしてまわりからの
「まだですか」
 の問いにも
「ええ」
 と爽やかに答え続けて来たのに――。
 産める人は産んだ方がいい。子供は宝だ。産めばいい。産む事に反対はしなかった。
 街の中はどこもかしこも人目を引く店が並んでいて、それはそれで心のバリヤを崩してくれる。そこいらをふらり、ふらり、歩きながら服を見たり、アクセサリーを見たりした。でも真剣に見ていないからだろうか、まわりの笑い声や話し声が耳障りでならない。玉枝の事を笑っているのでも、話をしているのでもないのだろうけれど、腹が立つ。
 誰かの腕が当たった。澄まして通るそれらしき女性を追い掛けて
「ちょっと待ってよ」
 いつもと違う声で呼び止めた。それから黙っていつもと違う目で睨むと、その女性は頭のいい人らしく
「すみません」
 と謝った。ふいに花を一輪もらった時のようにうれしくて、救われた。(つづく)
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