きしむ木の階段を上ると、そこは薄暗い店内。天井には黒くすすけたむき出しの梁。旧い木造の蔵を改装したようなそのライブの店。そう広くない店内のアンティークな木のテーブルに、中年の女性3人のお客さんが掛けて話をしています。
「あら、いらっしゃい」
カウンターの中から、久し振りに会う店のママが声を掛けてくれました。
私は奥にあるもう一つの空いているテーブルに掛けます。
「そちらだと後で来る他のお客さんと相席になりますが構いませんか?」とママ。
「ええ、構いませんよ。他のお客さんが嫌がらなければ」と私。
その夜はピアニストの中田由美さんから案内を頂いて、ヴォーカルの上村正人さんとのデュオライブを聴きに来たのでした。ここ数年ブレイク中のお二人。CDアルバムを何枚もリリースしたり、由美さんは今年カナダのトロントジャズフェスティバルに出演したり、正人さんのオリジナル曲「ひまわり」がJA熊本のTVCMに使われて盛んに流れていたり、話によると今年1年でライブ回数が100回を超えたとか。え?ほぼ3日に1回の割合?
やがてライブが始まりました。
曲はほとんどが正人さんのオリジナル曲。身近な思いや夢を語るようなテーマを、汗を拭きながら独特の情熱的な語り口で歌い上げます。また、由美さんのピアノソロで、年明けのリリースを目指して現在制作中らしい「熊本の様々な情景を描いた組曲?」CDアルバムの中から2曲披露。
途中のMCで「この店に来ると田舎の実家に帰って来たようなホッとした気持ちになります」と正人さん。確かに、こじんまりとした古民家の風情と、膝つき合わせるように集まっているお客さんたちのアットホームな雰囲気が、どこか懐かしい一体感を醸し出すんですよね。
1st set後の休憩時間に、由美さんが私のテーブルに来て、相席で掛けているもう一人の男性のお客さんを紹介してくれました。というか、そのお客さんに私を(大げさに)紹介してくれました。
「こちらの人ね、ベストセラーの本を何冊も出されているんですよ!」
聞くと、その男性も1冊、自分の本を出版されているらしい。それまでお互いに(知らん人だなぁという雰囲気で?)黙って演奏を聴いていたのに、急に親しみが湧いてきて出版談義に花が咲きます。「実は私もピアノ弾きたいと思ったことがあって」というその男性の言葉を聞いて、私はさっそく自分の本のPR(笑)。すっかり打ち解けてしまいました。
…と。カウンター席でママと話している別の男性の声が耳に。
「あ、あの○○さんでしょ。あの人、私の陶芸の師匠なんですよ。以前あの人の窯元で修行していました」
え、あの○○さんって?私、その人知ってる!
「その人、知ってますよ。私の大学の先輩です」と私も話に割り込みます。
思わず振り返ったカウンター席の男性の顔を見たら、あ、一度会ったことのある人だ。
コラム第512回「ピアノとともに引き継がれる想い。新しく始まるドラマ」に書いたライブの店の「さよならパーティー」の時に、陶芸家でギターの弾き語りもやってると言っていた人だった。
終演後、さてそろそろ帰ろうかとしていたら、入り口付近にいた若い女性が私の顔を見て近づいてきて同じテーブルに掛けました。この人、私がコード奏法を始めて数年後位から、ライブの店でよく見掛けていた人だ!昔話や最近のことなど、またまたひとしきり話が盛り上がってしまいました。
帰り際、ママが「an弾手さん、今度うちの店でもライブやってくださいよ」と。
由美さんは「ホテル日航のラウンジでは今も毎週土曜日にピアノ弾いてますから。今度また弾きに来て下さいね」と言ってくれました。(コラム
第448回「an弾手、突然のホテルラウンジデビュー?」参照)
小さなライブハウスでのたった3時間。でも、正人さんと由美さんのあったかい音楽に包まれ、何だか田舎の実家で久しぶりに懐かしい幼馴染や親せきやご近所さんに会って話をしているような錯覚におそわれたその日。…素敵な、出会いの夜。
店を出て駐車場まで歩く裏通りの空気も、何となくあたたかく感じたのは気のせいだったでしょうか。
(続く→原則毎週火曜日更新)
an弾手(andante)
■Q&Aコーナーのご質問を募集しています。
随時、このコラムの中で取り上げてみようと思います。このコラムはコード奏法超初心者から中級の入口位の方を想定していますので、その範囲ならどんな内容でも結構です。メールお待ちしています!
piano-roman@kumamoto-bunkanokaze.com