久し振りでした〜、ここでピアノを弾くのは。
熊本市内から車で郊外へ、やがて山道を走ること約1時間半。九州山地の山懐に抱かれた清和物産館でのこと。
その日は清和の山里にある大川阿蘇神社の境内・農村舞台で、薪の灯りに照らされて演じられる人形芝居「薪文楽」を観に行ったのでした。
まだ陽の明るい時間に着き、フラッと物産館のレストランを覗いてみたら。以前から何かとお世話になっている元館長さんとばったり。
「あら、今日はありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。今日は薪文楽を楽しみに来ました」
と、ご挨拶をする間もなく、元館長さんの口から出た次の言葉が、
「あ、ちょっとピアノ弾いて下さい」
そう言いながら、レストランの隅にあるピアノの蓋を開け、ササッと椅子を置いて
「はい、どうぞ!」って。
相変わらずのウムを言わせぬこの素早さ(笑)。
レストラン内は既にランチタイムの営業が終わった後で、その夜の薪文楽公演の中入りで振る舞われる重箱弁当の準備をされている地元のおばさんたちが10人程。
私は「え〜っ、突然ですね」と言いながらも、何だかそういうシナリオになっていたかの様に(?)ピアノの前の椅子に座ります。
とりあえず、いつもの様にダニー・ボーイから。弾いていると、後ろからおばさんと元館長さんの会話がかすかに聞こえてきます。
「これダニー・ボーイっていう曲ですよ」
と説明している元館長さんの声。おばさんたちには何の曲か分からないみたい。弾き終わって、そのまま2曲目は「スター・ダスト」。
2曲目が終わると、元館長さんが近くへやって来て
「あの〜、みんなが良く知ってるような曲はないですか?」と。
そうですね〜、という訳で。
Key=Dmのコード進行の即興でイントロを弾いた後、ちょっと物悲しいメロディーのテーマを弾き始めます。「花かげ」。これならご存じでしょ?
弾き終わったら
「これ懐かしい〜」「えっと、何ていう曲でしたっけ?」
とおばさんたちが数人、話し掛けて来られました。
「花かげですよ」と言うと「あ、そうそう!」と。
で、続いて「赤とんぼ」を弾いてピアノの蓋を閉めたら、
「え? もう終わりですか? まだ弾いて下さいよ〜」「今夜の公演で演奏されるんですか?」「東京から来られたんですか?」
と何人ものおばさんたちから次々に質問が。
いえいえ、私は薪文楽を観に来ただけですから〜。熊本市内から〜。
えっと〜すみません、今回のコラム、単なる自慢話か? と思われそうですが(笑)
ピアノ(音楽)って、初めて会った見知らぬ人達ともこんなに気持ちを通わせることが出来るんだと改めて感じたので。
更に、その後物産館で買い物をしていたら、見知らぬ男性から声を掛けられました。
「もしかしてan弾手さんですか?」と。
えっ? 初めて会うのに、私の事をいきなり「an弾手」と呼ばれるとは、一体どなたでしょう?
「私、an弾手さんの本を持っているんですよ。ピアノに興味があって」と。
「わぁ、ありがとうございます!」
という訳で、しばし立話が弾んですっかり親しい人になってしまいました。
更に、公演の中入りで振る舞われた重箱弁当の食事の席では。
隣りに架けられたのが、何と熊本県の副知事さん。名刺交換をして話しているうちにピアノ話になりました。すると副知事さんが
「私は沖縄の三線弾き語りをやってるんですよ。コンクールで受賞したこともありまして」と。
え〜っ? スゴイ! 思いがけず、副知事さんとお互いの趣味の音楽話で盛り上がりました。
あ、本題の「薪能」は。
人形1体につき3人の人形遣いによって感情を吹き込まれ命を宿す人形、その人形と観客とを一気に人情味豊かな別世界へ連れて行ってくれる浄瑠璃三味線の重厚な音色、そして全ての登場人物の喜怒哀楽を1人で語り分ける太夫の義太夫節。
夕方からの雨で神社境内農村舞台での公演は出来なくなり、文楽館内舞台での公演となりましたが、170余年の伝統ある人形芝居、久し振りに堪能させて頂きました。
次元は違いますが、その日弾かせてもらった突然のピアノとそこに居合わせたおばさんたち、偶然出会ったan弾手本の読者の方、音楽談義で盛り上がった副知事、そして伝統ある人形浄瑠璃の世界。どれもが耳に響く「音楽」の世界を媒体として、もう一つの新たな世界に繋がっていくような、そんな気持ちにさせてくれた「清和薪文楽」の一夜でした。
(続く→原則毎週火曜日更新)
an弾手(andante)
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