Vol.51 おかめ[2010.08.10]
 あることから熊本県の球磨郡あさぎり町に「おかどめ幸福」駅という、見るからに聞くからに嬉しくなるような名前の駅があることを知りました。くま川鉄道の駅で、同町にある岡留熊野座神社のご利益に与ろうと命名されたとか。
 ▼くま川鉄道の駅紹介から
 http://www.kumagawa-rail.com/page0117.html

 かつて乗車券ブームを巻き起こした北海道の「愛の国から幸福へ」を思い出します。「愛国」駅から「幸福」駅の乗車切符を求め、観光客が押しかけました。あの駅は路線である広尾線の廃止とともになくなり、今は、観光地として整備されているそうです。
 ▼ウィキペディア「幸福駅」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E9%A7%85

 北海道のあの幸福なきあと、今、「おかどめ幸福」駅は日本で唯一、幸福の付く駅。ということで、やはり観光名所になっているようですね。

 で、「おかどめ幸福駅」の字面を見ると“おかめ”も入っているので、ハッピーも倍増、と感じるのは私だけでしょうか。そう“おかめひょっとこ”のおかめ、“お多福”とも称されるあの福々しいお顔のおかめです。
 ▼ウィキペディア「おかめ」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%82%81

 そして、おかめと言えば上記ウィキペディアにも紹介されている京都の大報恩寺(通称:千本釈迦堂)を、私は、少し前に取材しました。本堂は国宝で、応仁の乱の刀傷が残るという旧京都(いわゆる江戸期以前からの伝統的京都)最古の建造物。この寺の造営にちなんで「おかめ」という女性のお話が伝承されているのです。

 そのお話とは――信徒が寄進してくれた柱の一本を短く切ってしまい、困り果てた棟梁の長井飛騨守高次(ながいひだのかみたかつぐ)に、妻のおかめが提案します。「枡組(ますぐみ:骨組みを方形に組むこと)を施して補えば」と。この着想のおかげで無事竣工したのですが、おかめは上棟式前日に自ら命を絶ちます。女の提言で任を果たしたことが世間に知られては夫の恥になると考え、すべてを隠すために死を選んだのです。

 そして上棟式の日、高次は亡き妻おかめの名にちなんだお多福の面を御幣(ごへい)の先に飾り冥福を祈ったそうです。それは、今も上棟式の風習となっていますが、地方によって風習は違うので、熊本ではどうでしょう。お多福面は使いますか?

 とまあ、こんなお話ですが、「えっ! 棟梁がたとえ柱の一本だけ切り誤ったとしても、その解決法が思いつかないってことある?」「女房が自殺したとなれば、それこそ世間はあれこれ噂して、尾ヒレや背ビレを付けてもっと不名誉な話にしてしまうんじゃない?」などなど、ごもっともなツッコミはこの際ご遠慮くださいね。

 で、この寺の本堂と境内には、おかめの人形や塚や像が堂々と祀られ、全国から寄せられたたくさんのおかめお多福の面やら置物の展示もされていて、「おかめ信仰」発祥の地として名を馳せているのです。
 ▼大報恩寺(個人サイトから)
 http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/daihouon-ji-2.htm

 ところで、「仕事に口出しするな」と、現在高視聴率で放映中のNHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の夫である茂(モデルはもちろん漫画家の水木しげる)さんは、女房の布美枝(モデルは布枝)さんによく言っていましたね。少し前の放映分の貧乏時代に。が、妻として一生懸命務めることしか選択肢はないと心に誓っている布美枝さんは、極貧暮らしの中で夫の仕事を助けるしかなく、結果的にアシスタントをこなし、秘書的な働きもするという、できた女房。

 特に、茂さんが初めてマンガ雑誌に「テレビくん」を描くことになったとき、ご近所で集めた古雑誌からテレビ局に関する記事を選び出し、資料として役立ててほしいと茂さんに差し出した布美枝さんは、相変わらず遠慮した素振りでしたが、あれは有能な秘書の仕事そのものです。それに、布美枝さんは一途にマンガに没頭する茂さんの最大の理解者。いくら茂さんが飄々として浮世離れした大人物であっても、布美枝さんのふわっとしてそれでいて凛とした献身は、やっぱり、あってうれしい心の支えだったでしょう。

 大報恩寺のおかめさんは当時の男尊女卑の価値観にとらわれざるをえなかったのか、伝承の世界がその価値観を好むのか、おかめ信仰の話では、できた女房は悲劇でした。が、現代、というか昭和のおかめさんともいうべき「ゲゲゲの女房」に対して、世間の評判はすこぶる上々です。