Vol.39 新・一本の木[2008.6.4]
 また少し前の新聞ネタですが、スウェーデンの山岳地で9550歳の木が見つかり、それまで4000〜5000年だった世界最高樹齢記録を大きく更新したというニュースを目にしました。針葉樹のトウヒ(マツ科)の仲間だそうで、写真を見ると乾いた地面の低い一塊の茂みから、最高樹齢というにはあまりにもか細い1本の幹が伸びています。延々と1万年近く生きる低木の根から何度も繰り返し幹を立ち上げてきたらしく、写真の幹は1940年代初頭から伸び始めたものなのだそうです。

 この立ち上った1本の木。樹齢何千年という屋久杉のような貫禄はなくてかなり貧相なのですが、1万年も生き続けている生命の一部が、荒涼とした山岳地に黙然と佇んでいるいのだと思うと、かつてのソニー・ウォークマンのCMキャラクター“哲人猿”のような崇高さを覚えます。そしてまた、『西遊記』を題材に中島敦が沙悟淨を主人公に書いた小説『悟浄歎異』で、沙悟淨は三蔵法師の澄んだ寂しげな眼について、「師父はいつも永遠を見ていられる」と気づくのですが、この木も弱々しいながらそんな気の遠くなるものを見ているように思えてきます。

 さて、こんな長寿の木がある一方で、近年、絶滅する植物種も絶えません(もちろん絶滅動物も)。国内には約7千種の植物が知られていますが、環境省が昨年改定した植物のレッドリストで絶滅危惧種(準絶滅危惧種を含む)とされたのは、その約4分の1にあたる1945種に上るそうです。で、それらを守ろうという取り組みも活発化しています。
●「レッドリスト」の詳細は「ウィキペディア(Wikipedia)」を。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88
●熊本県広報課のメルマガ「気になる! くまもと」のバックナンバーに「熊本県版レッドリスト」の関連情報がありますよ。
http://www.kininaru-k.jp/kakuka/032008shizenhogo/03272008.html

 また、茨城県つくば市の国立環境研究所にある「環境試料タイムカプセル棟」のような、生物の細胞や遺伝子などを保存する施設も増えています。そしてノルウェーには、同様の大規模施設「スバールバル全地球種子庫」が完成。世界中から作物の種子100万種以上を集めて低温保存し、地球温暖化や戦争などにより種の絶滅などが起きたとき、種子を供給して復活させるそうです。

 まさに「植物版『ノアの箱舟』」。私は、キリスト教についてよくは知らず、あの聖書のお話のこともよくはわかっていないのですが、神がノアの箱舟に乗せた生き物の中には植物は含まれていなかったのですよね? 植物は生き物という範疇に入らなかったのでしょうか、それとも、生き物の中でも争い合うシーンは見せないので汚れなき存在と見なされたからなのでしょうか。そして、大洪水の後、地上の様子を見るために舟から飛び立った鳩が戻ってきたとき、口にくわえていたのはオリーブの葉っぱだった。つまりオリーブの木は、大洪水の地上を生き延びたということ。となると、植物はなんとしたたかな存在なのでしょう。

 で、それはともかく、いろいろな植物が楽しめるのが植物園です。例えば大阪の「咲くやこの花館」(1990年開催の「花の万博」跡地)は、熱帯から極地圏までの世界の珍しい花や草木が揃った日本最大級の総合植物園。あたかも地球巡りしているようなスケール感があり、自然や生命の不思議と感動がいっぱいです。
●咲くやこの花館
http://www.sakuyakonohana.com/

 また、奈良・春日大社の一部にあたる広大な神苑(しんえん)では、万葉集で詠まれた植物が表示された歌とともに楽しめます。日本最古の歌集『万葉集』には約4500首の歌が収められていますが、3分の1の1500首ほどが何らかの植物を詠んでいます。そんな万葉人が愛でた植物を集めた「万葉植物園」が各地にいくつかあるようですが、この神苑は最も古い歴史を持つ大御所です。
●春日大社神苑
http://narashikanko.jp/kan_spot/kan_spot_data/w_si154.html

 ところで、万葉集という名前の由来は、「万(よろず)の言の葉=多くの歌を集めたもの」とも、「万世(葉を世と解し、よろずよ)に伝ふべき言の葉=末永く伝えるべき歌集」ともいわれています。人間は、スウェーデンの“哲人木”のように1個体で1万年近くも生きるのは無理ですが、何代も生命を受け継ぎながら言霊をも受け継いでいける生き物なのですよね。