Vol.23 <蓮根>[2006.12.5]
豆腐にこだわっていた夏から月日は過ぎ、気がつけばもう師走。コラムも少し休んでしまいました。今年最後のコラムは、来年の見通し良かれと願って、そう、蓮根です。

「(穴から)先が見通せる」ということで、正月のおせち料理に欠かせない蓮根。その穴に卯の花を混ぜた辛子味噌を詰めて見通せなくしちゃったのが、熊本名物「辛子蓮根」です。といっても、明治時代の初期まで、特に商売人は、蓮根は「穴があく(損失が出る)」ということで嫌がったとか。だから、江戸時代、病弱な肥後細川家忠利公のために作られたのが始まりという辛子蓮根は、ヘルシーだけでなくラッキーな一品だったといえそうですね。

さて、大阪の門真市といえば大手電気メーカーMの本拠地ですが、宅地化が進む前は大変な蓮根産地でした。「沈み掘り」という独特の収穫方法は有名で、手拭のほおかぶりに褌姿で蓮池に潜って蓮根を引き抜いていたそうです。数年前、市民グループ「門真れんこん発掘隊」がこの伝統を再現し話題を呼び、また、昨今の伝統野菜復興の動きから門真蓮根も注目されています。

この門真でも、熊本同様、蓮根の穴に詰め物をした郷土料理があることを最近知りました。今では家庭で作られることはほとんどないのですが、昔はお祝い事があると登場した「蓮根餅(はすねもち)」です。詰めるのは、もち米。そして、蒸すだけ。食紅を加えたもち米も使い、穴が紅と白のおめでたカラーに仕上げます。辛子醤油やポン酢で食べたり、あんこをからませ和菓子感覚で食べたり、独特のモチモチ感を身上とする門真蓮根ならではの料理だそうです。ほかの地に洗練された蒸料理や和菓子の蓮根餅もありますが、こっちの蓮根餅はなんとも素朴ですね。

ところで、蓮根の花といえば、あの美しい蓮の花。仏教とも結びついた花です。仏典では蓮華(れんげ)。極楽浄土には蓮華のよい香りが満ちみちているとか。泥の中に育っても美しい花を咲かせ、葉は水をはじく。その清らかな姿は、汚れも囚われもしらぬ崇高さ。葉が水をはじくのは表面に微細な凹凸を持つからですが、そんな植物としての特性のあれこれが仏教の教えにぴったりだったため、シンボルになったようです。

蓮の花が咲き匂う極楽の静謐さと、地獄から逃れようとする罪人のもがきを見事に対比させ、救いようのない人間のエゴを描いたのが、芥川龍之介の短編『蜘蛛の糸』です。「ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました」と、有名な一節で始まります。
▼『蜘蛛の糸』は青空文庫で
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/92_14545.html

興ざめなツッコミを入れてなんですが、本来、極楽浄土にお釈迦様はいらっしゃいません。いらっしゃるのは阿弥陀様です。では、お釈迦様は何処に? 霊山(りょうぜん)浄土です。で、極楽浄土は西方にあって西方浄土とも呼ばれますが、東方浄土は浄瑠璃浄土といい薬師如来様がいらっしゃいます。つまり、釈迦如来や阿弥陀如来、薬師如来といった、悟りに至った方々がいらっしゃる浄土は、その方々の数だけあるというわけです。ほかにどんな浄土があるの? 如来と菩薩の違いは? など興味を持たれた方は、さあ、ネットでサーチしましょう。

あ、そうだ。ついでにもうひとつ有名なお話。与謝野晶子が詠んだ「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」の鎌倉の大仏様。あの方も、実はお釈迦様ではなく阿弥陀様です。手の指によって形づくられる印(いん)の違いで、わかるそうですよ。

そんな細かいことを言いながらのこのコラム、今年もお読みいただき、ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。少し早いのですが、皆さま、良い2007年をお迎えください。