Vol.57 新丸ノ内ビルディング [2007.6.20]

 「お客さま〜!終点でございますよ〜っ!」
...新幹線の中でバク睡していた。
なんだかしらないけどこのところの仕事ではエネルギーを消耗したが、この期最後の
出張だった。
 せっかく夕方の5時に大阪から帰路についたのだが、新幹線はめずらしく
起きたという事故で遅れ『のぞみ』はいろんなところにストップしたり、
速度を落としたり。
でも、そんなスローな途が、なんだかありがたかった。
だから眠らずに風景を見たりしつつ熱海をゆっくりと通ったのが
最後に覚えている風景だった。
 すっかり乗客は降りきって、声をかけてくれたのは車内清掃のおばさんだった。
眠気を振払うように大事なデザインバッグをしっかりかかえ、私は丸ノ内へと
降りて行った。

 期待しない時に何かがふと現れる、それが常だが、この日さっさと家路をたどろうと
地下鉄丸ノ内線の切符を買い、ふとふりむいた私の目の前にそれが突然現われた。
-新丸ノ内ビルの入り口-
それはまだ眠気の残る私にまるで、『ひらけゴマ!』と現われた別の空間だった。

 買ってしまった切符をチラと見たが、私は吸い込まれるようにそのエントランスから
中に入っていった。
 銀座も近い丸ノ内。今年出来たこのビルの内装はアールデコを意識したような
しつらえで、ふと昔懐かしい面持ち。
ガス灯の銀座、はたまたモボモガの時代、それを意識しているのか。
丸ノ内の頭文字もM。
それも今の時代には珍しくなった唐草模様のデザイン。
近代建築にレトロをからませ...しかし。
『ショッピング』
東京の新名所を訪れるといつも頭をよぎるこの言葉。
私は物をあまり買わない方だから、東京がどんどんその消費の街の色合いを
強めているのに不安になったり。
 さて、そこをまっすぐに歩くと突き当たりに別の入り口と大きなガラス。
外の音や光をいい具合にシャットしていて、向こう側の風景をなんだか謎めいたものに
見せていた。ガラスの扉をくぐり外に出てみる。おもわずハっと息をのんだ。
その向こうにあったのは、たった今通ってきた東京駅。
それはレンガ造りでどっしりと大きく静かにこの目に映った。

 数年前、従兄弟が当時住んでいたデュッセルドルフからその駅の写真を
送ってくれた ことがあったが、駅と言うよりそれはなんだか宮殿みたいだった。
そして今、この目に映る東京駅に感じたのもそれと同じような感触。
『歴史』というべきか。
きっと、この東京駅を見せるためにも新丸ノ内は設計されたに違いない。
おもいがけず、夕刻の東京の喧噪の中にもひっそりとたたずむ東京駅が見えた。

 すがすがしい気持ちになってまたビル内に入った。
案内所の前を通ったので、さっきから見当たらないトイレのありかを聞いた。
女性は椅子からサっと立って、案内を。一番近いという2F。赤ちゃんや車椅子も入れる
トイレが空いていたので入ってみる。と、小さい子用のおマルが壁に。
そこにそれがあることが、なんだかいとおしい。それもふくめて、すべてはピカピカに
掃除してある。

 8時半をまわっているのに人はあふれ、中でも行列が出来ていたのは
『お茶漬け』の店。3月ごろ新しくなった伊勢丹食品フロアでにぎわっていたのも
『せんべい』のコーナー。やっぱり日本人、変わらない嗜好があるのだ。
 それでも急に食べたくなったパンを買って帰ろうと、案内板を見た。
通路の角にその店はあるはずだが行き着かず、もう一度別の案内版を見て
辿り着いたそこにはパンがどこにもない。ブティックのような造りに思わず尋ねた。
「あの、パンはどこに?」
「申し訳ございません。もう、これだけなんです」
手元を見ると、台の上に半分にされたパンドカンパーニュが2山と
ナッツでも入っていそうな細いパンが1個だけ。

 そのたった3個の中から一山をお願いすると、なぜかカードが渡された。
そして奥へと案内された。なるほど包んでもらう間、ここでお待ちください
というわけか...。
「お客さま、1260円になります」
...その値段に耳を疑った。
「え?パン一個で...?」
「..ええ、...そうなんですよ〜」
やめるわけにもいかず、びっくりした目に笑顔を作ってうなずくしかなかった。
しかし、その紙袋は小意気なピンク色。ま、許すか、という気になった。
ほんのたまのことだ。
と、いうわけで、新丸ノ内ビルをあとにした。
しかし悲しくもその後確認してしまったものの値段は
ジャムもコーヒーも、ひと瓶、ひと包み千円を越えていた。

 地下鉄の切符を確認して家路へ。
いつもの杉並区の駅を降りて、途中立ち寄ったいつもの酒屋さんのおばさんと
ちょっとおしゃべり。ちょうど母と同じくらいの歳。パンの値段をあててもらうと
「ん〜そうね〜、五、六百円するのかしら?」
値段をあかすと私と同じく目を丸くしたが、すかさず東京弁でこう見送ってくれた。
「でも、お味はいいんじゃないの、きっと」

 出張帰りのその夜、遅く帰った私はそのパンをワインとチーズとバタ-だけで
いただいた。
ちょっぴりほろ苦く、しかしそれはしっとりとおいしかった。

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 ★新丸ノ内ビルディングURL: http://www.shinmaru.jp/

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