表参道ヒルズ。
1年も前に完成したが、私はやっと8月のある日、会社が終わったあとにはじめて行っ
てみた。安藤忠雄さんの設計だ。安藤忠雄さんについては、彼の監修した展覧会に驚
いた。メキシコの建築家 ルイス・バラガン展。これは楽しくてびっくりして、その
何もかもが強く印象に残った。
表参道ヒルズは、大正時代に造られた同潤会の青山アパートが、建っていられなく
なるほど老朽化し、そこに建てられた。
--同潤会アパートは震災後の東京・横浜の再建だった。しかも実にモダンな取り組み
で、内容を知れば知るほどに目をみはるものがある。 今ではそのすべてがまた、新
しいランドマークなどに様変わりした。今また、街は変わりはじめているということ
だ。
同潤会は、アパート建設の前は木造の住宅を造っていたそうだが、その鉄筋のアパー
ト郡はモダンリビングの先駆けだ。しかもこれは何と内務省の取り組みだったそうで、
それを知るや、当時の取り組みの、その質と目のつけどころに再び驚いてしまった。
取り壊される前の青山アパートはボロボロに古くなっていたが、階段、ドア、床材、
間取りなど、随所にモダンな香りのする建物だった。 部屋は、最期はほとんどがブ
ティックなどに改造されていき、そして、去年そこがとうとう表参道ヒルズになった
わけだ。
けやきの並木にうもれるように設計されたそこは、訪れてみると大型の客船に乗っ
ているほどの大きさ。印象的な中央階段は、実は大きな螺旋階段になっている仕掛け。
この眺めは、植林されているわけではないが、まさに安藤忠雄さんのこだわる『中庭』
だ。
お店はみんな小さくて、お酒好きにはうれしい、テイスティングのできる日本酒の
店もある。屋号には『商店』がついている。 お目当てだった地下3階のシャンパン
ワインバーには何と、7月まで勤めていた会社の製品のカーペットが敷かれていると
いう、うれしい発見もあった。
そういうわけで、何となく心がホッコリしていつもの自宅に帰ると、そこに東京の
小さな街があった。
自転車で帰る駅からの道。入り口にお寺。少しすると現われる、車が1台通れるほ
どの普通の住宅地の路地。そこが自称『銀座通り』だ。魚屋、八百屋、酒屋、そば屋、
そして今は閉じてしまったが肉屋と特大の串刺しを出していた焼き鳥屋や床屋。別の
通りを少し行くと、またある。銭湯、天井の低い小さな自転車屋や靴屋、和菓子屋。
いつもの八百屋のおじちゃんはべらんめえで言っていた。
「オレさあ、市場とコッカラ出たことネエんだよ」
おじちゃんが生まれたころは村だった。そして今も、ここで生まれて育った人たちが
たくさん住んでいる東京の小さな村。2件ある八百屋さんでは共に季節によって、と
うもろこしの茹でたのや焼き芋を売っている。
「これがこどものおやつ。昔はね」おばちゃんが言う。
誰が出したか、道の脇の小さな縁台では、おじいさんが仲間とお酒を飲んで笑顔に
なっていたり、おばあさんが東京弁で話をしている。アーケードなんてものはない。
けれど、この小さな路地は、堂々と『銀座商店街』と名乗る。今年もその小さな通り
には、秋祭りに屋号を並べたちょうちんが、ちゃんと下げられた。 |