Vol.46  幸せな時間(とき) [2006.7.20]
 空に『風神 雷神之図』が見える。すざましい梅雨の最期。
電気を消して、部屋のまん中でひざをかかえて、それでも猛り狂ったように轟く雷鳴と、どしゃぶりの空をつん裂く稲光りをそのものすごい夏のエネルギーのありさまをどこか楽しむように見ている私、がある。

 さて、人生のバイオリズムが動いて転職することになった。実は自分でもびっくりだ。
それは急にやってきて、気持をさっくりと動かした。
 会社に告げると『新しいところで働く、そのためにも有給を消化しなさい』と言う何とありがたいお言葉。
前に長く勤めた会社では、残った有給を退社前に消化するなんて考えもしなかった。しかし私にとってはじめてだった外資には、こういうところにドライなスマートさがある。
 3年半という短い中にも、さまざまなことがちりばめられていた。その実感があって思い出をいっぱいかかえた笑顔の退社となった。そして今、はじめての『有給消化期間中』。

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 指のしびれで行くようになった鍼治療。会社近くで見つけたお医者さん付属の鍼治療、それが私には大変しっくりきた。しかし、そこで見る自分の素足、なかなかにイケてない。それなりに自分で手入れもしてはいたが、なかなかうまくいかない。いつか時間ができたら、美容院でお手入れをしてもらおうかな、と考えた。
 いきつけの美容院は姉妹でやっていて、お姉さんの美容師さんにはもう長いことお世話になっている。妹さんがネイル担当だが、実はまだ一度もしてもらったことがなかった。
 今回気になっている足。しかし足はどうなんだろう。こわごわ言ってみると、にこにこしながらこの返事。「お待ちしていますよ」
前日にもう一度自分で手入れをして臨んだはじめてのペディキュア体験、気分はまるでお姫さま、だった。

 会社近くのベルギービールの店の母体は音楽会社で、いろんな劇場イヴェントも手掛けている。
店に貼ってあったポスターは、前から一度行きたかったネザランドダンスシアター1のダンス公演。
イリ・キリアンという最高の振り付け師を軸に、最高のダンサーと技術で踊るダンスカンパニーだ。良い席が手に入って、私はいそいそと出かけた。
 始まる前の空気(私はこれが大好き)にうっとりとしていると、隣り合わせたご婦人に話し掛けられた。 
どうやら娘さんが、この現代バレエ世界最高峰のネザランドに在籍したことがあるようだ!
休憩中に軽々と、どこからか現われたエキゾチックな風貌のその娘さん。お話すると、何とも不思議なつながり。人は3人よればその輪の中で必ずどこかでつながっているというが、こういうことには本当に心がわくわくとする。

 昨年夏にはじめて行った熊本の高校の同窓会。そこで再会した同級生が誘ってくれた東京での恩師と仲間のステージ。彼女は、声楽で芸大の大学院まで行き、今は大学で教えながら自分を磨き続けている。
 鈴をころがすような彼女の声。今この瞬間を造る、高校からの彼女の素晴らしい月日を思うと私の皮膚はまたジ〜ンと震えた。

 転職のお祝だと、千住真理子さんのヴァイオリンコンサートに連れていっていただいた。
営業の人の紹介である会社のお名刺をデザインし、それがきっかけで仲良しになった方だ。
コンサートはめずらしい朝11時から午前と午後にわたる2部構成で、ヴァイオリンとピアノだけ。
 千住真理子さん登場の瞬間、私の眼が強く反応した。
強いピンクの、シンプルな黒の花模様がゆるやかに大胆に、螺旋型に裾から彼女の身体をつつむ筒型のモダンなドレス。それがサントリーホールのやわらかな木のオレンジ色やガラスの音響版などの中にあって、それはまるで可憐な一輪の花。
 みんなが知っている歌曲を名器ストラディヴァリで演奏してくれた1部、そしてチゴイネルワイゼンやG線上のアリアなど、ヴァイオリンの名曲でうめつくされた2部。
その伸びやかな演奏に、いつしか自分もピアノと溶け合い香り立つ旋律の中にしばし浮遊した。

こよなくうれしい私の充電期間である。
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