Vol.33 庭 [2005.6.24]
 ひさびさに友だちが家へやって来る6月のとある土曜。まだ時間があるけれど、やっぱりうれしい。
自転車に乗って買い物に出た。駅までの路、いつもと少しルートを変えた。帰りは、いつもの路をたどった。

 禅宗、浄土宗などのお寺がずらりとならぶ通りがある。ふと、そこに見つけた、ゆかた展示会のご案内。
「おや?」
そこは禅寺。臨済宗。
いつもは実にひっそりとたたずんでいるその寺が、その日はちょっと違っていた。
覗いてみる。
と、境内にゆかたを着た女の子。瞬時に夏の気配がした。
視界に、はらはらと、いろいろの年代の人々。

 聞こえてきたのはバイオリンの音色。ゆかたの女性が奏でている。音はベースギターが混じり、ジェンベも見えた。
「何だろう?」
けれど、私は、たった今の買い物でボコボコしたビニール袋を抱えている。これで入るのはちょっと不格好。これから、いつもの八百屋さんで野菜も買いたいし。すぐに家へもどることにした。

「お料理をつくっておもてなしするのね」
と、八百屋のおばさん。
家について買い物をおろすと、再び自転車に乗った。

 境内に入ると聞こえてきた今時の男の子の声。振り向くと茶髪の男の子が2人、ゆかたを着ている。きちんと、でもほんの少し、短かめに。着くずしたヴィンテージジーンズも素敵かもしれないが、それよりうんと素敵に見えた。
 『げた』や『はなお』も並んでいる。
あらためて見る「日本のよそおい」、しみてくる粋な感じ。

 庭の腰かけには目にも艶やかな緋色の毛氈。
腰をおろすと、寺の『梁』が私の視界にぴったりとはまった。

 私の目は、梁を追う。
時を経た木の梁。それは下側の『ヘリ』だけが白く塗ってある。胡粉(※メモ参照)の乾いた白。
見ているとそこに雲か、はたまた白鷺でも飛んでいるような錯角をおこした。

 新緑。緋毛氈の庭。そして、あたりにとけこむような寺全体の木の色。身体の位置によって微妙に見えかくれする梁の『へり』の白。
それらが私の眼に映り込む。
そぎおとしたようにシンプルなものが織り成す、ハッとするほどの鮮やかさ。驚くほど大胆。けれど同時にすべてが早朝に咲く朝顔の花のようにひっそりとしていた。

 庭に座って眺めていた。
毎日にちりばめられているはずの、こんな瞬間を。
-END-

=メモ=
【▼胡粉】 ごふん
白色の顔料。貝殻を焼き、砕いて粉末にしたもの。成分は炭酸カルシウム。室町時代以降用いられる。
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