Vol.29 如月(二月) [2005.2.25]
 一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。
気がつくともう、三月になろうとしている。寒い、寒いと思っていても、ふと、ある時に春の気配を感じる。

 先日、横須賀の先の衣笠というところへ、予備校・大学といっしょだった友人の展覧会を観に出向いた。
東京から2時間はかかっただろうか。
そこは梅の花の咲く中庭で羅漢さんも迎えてくれる、小さな現代美術館。
室内には、ヨーゼフ・ボイスの作品や、ナム・ジュン・パイクが来日の時に作ったというピアノのオブジェもある。友人は東京の美大卒業後、ベルリンの壁が崩壊する前後にまたがって、ドイツのデュッセルドルフの美術大学で勉強していた人。

 オープニングパーティーの日で、その美術館のオーナーの奥さん手作りのアップルケーキ、ゆずのケーキの他に、クラッカーの盛られた皿。その中央においしそうなクリームチーズがこんもり。 そして赤と緑の映えるプチトマトとブロッコリーにカマンベールが入った器。オリーブオイルがその脇でグラスの器に入っている。そして摘みたてのいちごもひとやま。

 三々五々集まってくる人たちの中でひさしぶりに友人と話す。実は彼も熊本出身で、高校のころも名前だけは知っていたことを考えると、もう、だいぶ長くなる。しかし、全く変わらない、ジーンズをはいている。
「明るいうちに庭に出るといいよ」ということばにひとり外に出てみる。
梅の花の香りがして、踏みしめる土が、靴の下でなんとなくやわらかくなっている気がした。
少し歩くと、でも、まだ寒い。
部屋の中に入るとストーブのにおいがした。

 帰り、風の吹きすさぶ衣笠駅のホームに一羽の鳩がうとうとしている。
あら?こんなところで?
でもその瞬間、私は知った。鳩は本当に一本足だった。怪我をしていた。時々よろけて、疲れた様子でうとうととしている。
近くにしゃがみ込むことは出来ても、犬のようになでてあげることはできない。
鳩は近づきすぎると逃げるから。だから、撫でてあげようなんて、そのほうが鳩には「酷」なのだ。首をかしげる鳩と目が合った。
電車が来て、乗り込む前にしゃがんで、元気でね、と言う。心からだったけれど、鳩は一本足でようやっと3歩ほど逃げた。私の目に涙が勝手に、にじんできた。

 隣駅の横須賀では友達が待っていた。会う前に鼻を赤くしてもいられない。
一年ぶりの食事。楽しかった。
 2時間をかけて家にもどると、一輪ざしにしていた小指ほどの長さの蝦夷菊に、なんと小さなつぼみが2つ。うす紅色にふくらんでいた。
-END-
 バックナンバーはこちら