寂しくて思わず実家の母に電話をかけて、母の物言わぬ気遣いにしらずしらず受話器を持ちながら涙をこぼした時。ふとカーテンの隙間から下弦の半月が見えた。それはとてもきれいだった。うつくしかった。
今年の母の誕生日に、父が前日ひそかに選んでいたペンダント。とてもきれいだった。素敵だった。多分、私は生まれてはじめて父が母にアクセサリーをプレゼントするのを見た。
髪を切ってもらって店を出た瞬間の着信音。携帯の液晶に浮かんだ短い文字。
「綺麗になった?
さわりたい」
もう、だいぶ昔のこと。
「きれい」ではなく、「綺麗」と書くと、何かが変わる。どきどきする。
綺麗になる。
綺麗だ。
綺麗。
こうやって続けて同じ文字を書いていくと気づくことがある。
綺麗の綺の字は糸へんに奇妙の奇。
どこかあやうい。
月(つ・き)
漢字を持たないころのひらがなの「やまとことば」では、「日ごとに形を変える不思議なもの」という意味だと何かの本で読んだ。
「き」というひらがなは不思議で奇妙なものをあらわしもするらしい。
きれいということばに綺麗という漢字を合わせる。すると私の頭の中に、何かあやうさを秘めた、あでやかな様子が立ち上がる。
綺麗。
文字は言う。
「不思議に麗しい」
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