Vol.23 東京ところどころ(パラレルワールド) [2004.8.26]
 同僚が一枚の割引券をくれた。MoMA展。このMoMA展が行われたのは六本木ヒルズの52階というロケーションにある森美術館だった。回転ドアの事故以来、行く気がしなくなっていたが足を運んだ。この森美術館には、会社からも近いし夜遅くまでやっているのに、まだ一度も行ったことがなかった。52階だなんて、空中美術館。そんな感じだ。

 階上にはお金を払って見る展望台があるが、ここ52階の展望空間から見下ろす東京にも、高層ビルの窓のイルミネーションが煌めく。仮装空間のような、美しいような、あやしいような、しかし、現実。 映画「ブレードランナー」がおきまりのように頭をよぎる。

 この高層ビルがオープンしたのは去年の春。それまであたりに高層ビルはなかったし、思えば六本木には屋上から街を見渡せるようなビルもなかった。今はこんなにたくさんの人が見ているここの風景も、去年まではこんな風には誰も見ていなかったわけだ。ふと、東京上空、いや、どこの上空からも、まだ誰も見ていない風景がいたるところにある。そう思った。そして、その見えないものを思うと、わくわくした。このビルからのこの景色。この方向を決定にするにも、きっといろんな調査がされたのだろう。どこにもなかったものを作るにはいったいどうやったのかな、などと思った。

 その展望空間の横に、不思議なガラス張りの空間があった。展望のためでもなく、設計上だろうか?覗き見るにはなんだか度の合っていない眼鏡で物をみるような感じになっている。ガラスが何重かになっていて、その空間の向こうに階下がみえる。とてもひっそりとした風景が、眼の中に入ってきた。そのガラスの重なりを通すと、階下のショッピングモールやレストランが、無機質に、シンとした空間に見える。降りて行くと、ありすぎるほどにさまざまの人の息があるはずなのに。またブレードランナーとオーバーラップする。いや、これは映画「マトリックス」の世界かもしれない。

 この高層ビル都市型建築が建設されているころから、これは『未来都市』と思っていたものの現実化だと感じた。高いビルが何棟もあって、その周りをシルバーと曲線、透明な面が囲う。しかも、今度のはビルだけでなく、その建設そのものが一個の街をつくるようなプロジェクトだ。住宅からオフィス、お店、映画館に美術館、ホテルまで入っている。こうやって小さいころには本でしか読んだことのないようなものが、次々に本当に出来ていくものなんだなあ、と思った。

 私の小さいころにはもう、高速道路はあった。その高速道路だって未来のひとつだったはずだ。でも、そのころよりももっと、無機質感がどんどん強くなっているこの感じは何だろう?単に新しくてピカピカだからかしら?ところが、そこに回転ドアの事故が起きてしまった。まるで何かの警告のように。今は都内のどこに行っても、回転ドアは閉鎖され、私達はその横にある手押しの扉を開けて入る。回転ドアは無駄な空間として、入り口にさびつくようにある。

 美術館から降りていくと、グランドハイアットホテルのレストラン棟に迷いこんだ。この高級ホテルは、この六本木ヒルズのいくつかの棟のひとつに設計されている。その時私が最初に気が付いたのは、あたりの空気が急に、ムっとした湿気に変わったこと。どうしたんだろう、と、あたりを見回してみると、私は狭い吹き抜けの中央にいて、なんと、知らぬ間に建物の外だった。冷房になれた身体には決して快適とはいえないその日の外気だったが、でも、なんだかやわらかい。「一息つく」とはこういうことなのかしら?でも、今年の夏は容赦なかった。

 空が見えたので自分の真上を仰いでみた。すると、今年何個めかの台風が近いせいか、もう7時をまわっているのに、暗い雲の間におそろしく青い空が見えた。本当に青い。とても美しいブルー。雲がカメラの早回しのように形を変えている。風が吹いてきた。しばし上をむいていたら、狭い長方形の視界からのその空も、次第に夜の色に変わった。

 ここの中央の広場からピンクの東京タワーを見たのは去年の10月。都会ならではの空間がここにある。でも、その中で感じる事はきっとその人そのもの。ところどころに、そのときどきに。  -END-
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