Vol.17 夢のあと [2004.2.27]
 季節の変わり目。もしも不調を感じている人がいたら、この話をちょっと読んでみませんか? 何かカラカラッと感じる事もあるカモ。 実はマリコの東京通信のVol.6「楽園」でお話した旅の後日談なのです。しかし.....。

 -これは、めったにないと思われる旅のお話-

 そこはバハマもキューバにほど近い、カリビアンアイランド、タークスアンドケイコス諸島。 見渡す限りの海、ターコイズブルーと金色の太陽のもと、私はあまりの気持ちよさに、 自然と空を見上げると私の頭の真上、それも5メートルくらい上をペリカンが横切った。 私は夢を見ているに違いないと、本当にそう思ったものだ。 しかし、私のこんな素敵な旅の終わりに待ちかまえていたものがあった。まったくおマヌケなお話しが。
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 タークスケイコスからの飛行機を降りて日本への帰路、1泊しなければならないマイアミに着いた私の隣
で、やはり荷物を持っていた子ども連れの白人の家族が私に聞いた。
「なにか申告するものはある?」と。
「いいえ、ありません」と、わたし。
「ならあそこの出口だよ」
 わたしは何の疑いもなく、彼の指差す「NOTHING TO DECLAIR」と書かれた出口へ向かった。しかし、そう、あんなに注意を払ってきたスーツケースを携えずにその出口へと向かっていたのだった!
 飛行機を降りてマイアミに着いた私は、旅の最後、気を引き締めてフィニッシュ! と、荷物の無事をひたすら祈っていた。絶対に浮かれてなんかいなかった。絶対に。イミグレーションにて、荷物が少ないことなんて誰も気にも留めない。そんな身軽な人間は少なくなかった。しかもわたしは「ここでは先に申告をすませるのかア」と信じて疑わなかった。そしてにこやかにゲートを出た。そして......。 
「ゲッ! そんなバカな!」
 わたしはその時、腰のあたりが浮いてくるような感覚に襲われた。
「……タイヘンダアア!!!」
 つぎの瞬間、わたしはとっさにセキュリティー係りを探し、その集団の一人に向かってすがるように言っていた。
「Excuse me, I've got a BIG problem, I forgot to bring my baggage!」
(すみません。大変なことになっちゃいました。荷物を取り忘れたんです!)
 その女性係員はしごく無愛想だったが、すかさず言った。
「あなたのその持っている手荷物、全部ここに置きなさい!」
 わたしは「え! 置いてっちゃったらこれ誰が見てくれるのォ?」と、とっさに思ってまごついた。
「早くしなさい! パスポートとスーツケースの鍵だけそこから取り出して、早くこっちに来るのよ!」
 そして彼女はずんずんわたしを引き連れて歩き、特別なゲートを通してくれた。ものすごく不安だった。そしてこんなことも頭に浮かんだ。
「まさか裸にされて調べられたりしないよね」と。
 そう思った瞬間、彼女は少し先を指差すとこう言った。
「あそこの荷物の中にあなたのある? 調べて持って来るのよ!」
 祈るような気持ちで捜すと……あった!
 ちょこんとさびしそうなわたしの小さく黒いスーツケース。急いで手に取ると、急いで例のこわもての女性係員のところに戻った。マヌケな自分がとても悲しかったが、それでもできるだけこの係員に好印象を与えたかった。ムダな努力をしようとしたものだ。そして検査員の前に通された。何人か係官がいたが、わたしは一番意地悪そうな目つきの係官のところにあたった。
「鍵で開けなさい」
 ところが! え! ああ! なんてこと!
 手に持っていた鍵はスーツケースのものじゃなかった!! 何とその鍵は「家の鍵」だった。 冗談ではなく、わたしはあわてていたのだった。
 もうダメだと思った。「次はきっと『裸』だ」頭を巨大な不安がよぎる。でも説明するしかない。
「ホントにすみません! 違う鍵でした!」
 彼女の怖い顔がもっと怖くなる。
「はあ!? どうしようもないわね!」
 彼女はまったく呆れかえって、それでもまたさっさとわたしを引率してくれたのだ。そして再び例の特別ゲートを通る。
「さあ!」彼女は気短に言った。
 今度こそ! わたしはしっかりとスーツケースの鍵を握った。何度確認しただろうか。無防備に置き去り状態に放置されているわたしの手荷物が少し気になったが、もうどうにでもなれ、だ。
 またまた例のゲートを通り抜けスーツケースと対面する。祈るような気持ちで鍵をその鍵穴に差し込む。開いた! 
 係官はすべてを慎重に見届けた。わたしはなにもヤバイものも持っていなければ、マヌケ以外はなにも悪いことをしてもいなかった。それなのになんだかすごく恐くなってくる。
「これは?」
『たんぽぽ』と書かれた一枚の『書』をわたしはスーツケースの一番上に入れていた。
「なんだこれは?」
 係官がニヤニヤしながら言う。
「なんて意味だ?」
「ダンデライアン」
 しごくマヌケな返事である。書道の道具を持っていたバハマの友人が使い方を教えてくれ、伊丹十三の映画『たんぽぽ』を見て、気に入ったから日本語で書いてくれ、そう頼まれた。そういうわけでわたしはカリブで書をしたためることになったのだ。
「フン」
 係官はバカにしたように鼻を鳴らした。そして彼はすべてを開け放ち、ひとつひとつ調べていった。
 係官が白い不透明のヴィニール袋を見つける。それは決して怪しいものなどではなく、お土産に浜辺の砂を集めたものだったのだが、我ながらそれはとても怪しげに見えた。
「オオー? これはなあにかなあ?」
 わたしは堂々と言った。
「SANDS」(砂です)
 本当に砂かい? といったかんじで実にイヤな目つきをしながら係官が袋を開ける。中を見ると、鼻を軽く鳴らしながら小バカにしたような口調で、「SANDS……」と言うと、いきなり大声で奥にいた別の係官に呼びかけた。「ヘイ! 砂だとよ」という調子で。
 わたしはというと、「誰がなんと言ったって砂なんだから問題ないわよ」と自分を励ますためにも努めて堂々とした。けれど検疫で土は持ち込んじゃいけない、というのがいきなり頭に浮かんできた。じゃあ砂ってどうなるわけ!? 内心実にヒヤリとした。
 奥で二人がなにやら検討している。
 ほどなくキャツがその上司とみられる係官と一緒に戻ってきた。上司が明るい顔で わたしに言った。
「OK! 大丈夫」
 ホッとした。しかしキャツが付け加えた。
「いいってサ。でもちょっと砂、取り過ぎなんじゃないかね」
 そして、「OK、閉めていいよ。早くおかえり」
 さっきの女性の係員はずっとそばに無言でいた。すべてが終わると、鉄仮面みたいな彼女がはじめてニッコリとしてくれた。
「よかったわね。YOU DID VERY WELL」(あなた良くやったわ)
 全く「トホホ」である。 
 
 マイアミのホテルからバハマの友人に電話した。無事を知らせるために。そして空港での一件を告白した。友人は一瞬の沈黙のあと、大きくため息をついて言った。
「あとまだ日本まで長いよ。気をつけてね」
 わたしは、コックリとうなづいた。
-END-
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