Vol.10 螢 [2003.7.25]
 夏。昨晩の夢で、私は花火を見ました。
しかし、これはもう、夢ではなく、いろんなところで夏祭りが行われる季節となりました。実は、私、又、東京にもどっています。米沢に1年ほど滞在する予定が変わり、又、東京で働いています。
休日の地下鉄には涼しそうなゆかたを着た女性を見かけます。米沢を離れるころ、同僚が素敵なところに連れていってくれました。
 3ヵ月という米沢滞在。こんな映像がよみがえってきます。
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 「今日、夜あいてる?ちょっと素敵なところがあるのよ。螢見た事ある?」同僚がそう言った。
螢。熊本生まれだが、私の記憶の中にはない。でも、前に母が言っていた。「マリコが小さい時、かやをつって寝ていたらいつのまにか、螢が入ってきて、かやにとまって光ってたことがあったよ」
3才より小さかったようだ。覚えていない。それが今晩現実になるらしい。その日、仕事がひけて、一度家に帰ったあと、同僚が彼女の3才の息子さんと、私を車で迎えに来た。

 「まだ、螢はいないよって母からバカにされちゃった。でもいいの、ドライブするだけでも、ねえ」
米沢の夜をどんどん螢の里へ向かって行く。電燈もなくなって、日本昔話に出てくるような風景に変わっていく。3才の男の子のお話も楽しい。螢を見に行くんだ。彼女が案内する。「ここが有名な螢の里。でも、今日はその先のお餅やさんのところまで行くの、そっちの方が気分だし」小野川温泉のあるあたりを少し越えたところだ。

 そして到着。民家があるが、ほとんど他にあかりもないし、誰もいない。でも、「螢」と書かれた板がある。暗くて誰もいないが、不思議と怖くはない。車を停めて彼女は先に外に出るやいなや!
「わあ!いるいる!ほら!早く出て来て!」
低めの木のある小さな原っぱ。そこが駐車できるスペースになっているが、そこに1つ、螢のあかりが私達を迎えていた。空中をポオッと照らす小さなあかり。それが螢だった。私も彼女もしっかりと手をつないだ彼女の3才の子も夢中になる。するとそこにおじいさんの人影。

 「螢を見にきたのかい?」
そして私達を自然に案内してくれるのだ。
「あそこにも、ここにも、あっちにもいるよ」
その方向をみるや、私達は声をあげた。
「ワアッ!」
駐車場のそのむこうに広がる原っぱ。 川が流れているらしい。そのあたりの木々の間から、まるでアニメ映画でも見ているかのような不思議な光があそこにも、あっちにも、そしてむこうにもポオッ、ポオッ。オレンジ色から黄色に光る。大きくなったり小さくなったり、突然近付いてくるような感じで。
 おじいさんがやさしくまるで螢をあたためるかのような手付きで、彼の二つのふくらませた手のひらの中に入れる。そして、その手のひらをあけると、まるで宝箱の中から何かが飛び立って行くようにその手のひらからあかりが飛び立つ。ゆっくりと。そして私達に挨拶でもするように、私達のまわりを回っている。
そして男の子の胸にブローチのようにとまった。
男の子がそれを捕まえてみたくなる。すると、おじいさんがゆっくりやさしく言った。

 「あ、指でつかまえようとしちゃダメだ。螢は、ほら、あそこにたくさん仲間がいるでしょう?みんなでお話をしてるんだよ。もし、指で捕まえたりしたら、みんなが怖がって、もういなくなっちゃう」
私たちはその、ポオッ、ポオッ、とひかりながら集まって来てくれる螢のあかりにうっとりとした。又、おじいさんが言う。

 「あそこにもいます。螢のいる庭を持っているんです」
そういうとむこうに小さく見えていた2、3のあかりが、7つ、8つ、とふえながらこっちに近付いてくる。
おじいさんはいつのまにかいなくなっていた。あたりには電気もなく、おじいさんの顔ははっきりと最後まで見えなかった。まるで螢のような人だった。
ゲンジボタルだという。
そのポオッとひかる陰に、かすかに彼らの形がみえた気がするだけで、はっきり、どんな姿をしているのか、私には最後までわからなかった。

 最後、さようなら、というように、10くらいのひかりがこちらに近付いてきて、あるところを境に、又、遠ざかるように消えていった。夜8時くらいからおよそ30分くらいのことだった。おじいさんの話によると、9時ごろになるとお休みをするのだという。
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 帰りに回り道してくれた峠から、見下ろすと、米沢の、まるで首飾りみたいな、なんとも美しい夜景が見えた。螢と米沢の夜景。これらは、私のとっておきの「あかり」の映像である。-END-
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