Vol.8 カップル [2003.5.28]
 日ざしも暖かくなり、休日は楽しく散歩をしたい日が増えました。私はあいかわらず独りで、寂しい時も多いですが、それでも見渡してみると、まわりにはいろんな微笑みがたくさんです。
ある日、独りの私の前に現れた光景をお話します。

 朝が来たらしい。黄色に近い明るいオレンジ色の光線を感じて目が覚めた。5Fのベランダの前には1キロ近く何の建物もなく目の前には畑が広がっているので、その日は窓のカーテンを閉めずに寝ていた。引っ越しにともなって、乾燥機の生活から部屋干しの生活になったので、洗濯物が目隠しになっていた。これは、ちょっとかっこわるいんだけど。

 朝だと気付くまで少し時間がかかる私の目覚めだが、寝返りをうったベッドから、ふと、ベランダの下方をグレーの何かが動く気配がある。それはハトだった。

 彼か彼女かわからないが、その後ろ姿、肩から後ろ頭のスベスベした流線形が、のんびりガラス越しに歩いていった。そのあとからもう一羽、多分、彼か彼女のつれあいだろう。また、「後ろ頭」が通り過ぎていった。あのハトの、頭を前後に動かす歩き方でなく、その朝見た「後ろ頭」は揺れていなかった。ちょうど腕をうしろに組んだような「後ろ頭」が、ゆっくり通り過ぎる。なんだか姿勢のいいふたつの「後ろ頭」がとても「善良な」感じがした。のんびりした朝のお散歩ネ、と、ねぼけた頭で思った。大家さんが、ハトは困る、と言っていたけど。
******
 目の前に広がる畑で、夫婦が農作業をしているのが見えた。その日、朝の6時半、はじめてその夫妻を見た。越してきた時には一面雪野原だったのが、春を迎え、作物を生み出す大地に変わってきている。最近、会社から帰って、そのひろがりを眺めると、誰もいないのに日々きれいに手入れされ、農作業車のわだちが、まるでナスカの地上絵に見えた矢先のことだった。

 たったふたりの夫婦が畑をたがやしている様子を見るのは何かとても素敵なものだった。私は自分の朝の身支度にもどり、8時半ごろ、会社に出かけるころもう一度見ると、もう、そこには夫婦の姿はなかった。きっと朝ごはんを食べにもどったのかな、と思った。その日、会社から帰ってふとまた見ると、さらに整とんされた大地がひろがっていた。きれいな仕事だなあと思う。

 今日は又別の日。日曜の朝。きっとすごい顔をしているだろうなあ、と自分で思うほどねぼけた足取りでベッドを出た。この日はカーテンを開ける。毎日毎日、畑はどんどん姿をかえる。今日はそれが水田になりつつある。しばらくしてお昼ごろ、奥さんだろう、ふたりでそれを見渡しているのが見えた。あぜ道で仕切られた田んぼが5つ。かなり広いスペースを今、おじさんがひとり、もくもくと耕し、みるみる水田に変えていく。おじさんが耕す田んぼをひとつ間に隔てたところで又、何か動くものがある。野鴨のつがいだ。

 水につかって二羽は寄り添うように、泳いでいるのか歩いているのか、胸からくちばしまでを水の表面につけて不思議な動き方をしている。きっと耕されたばかりのところでごちそうがあるのだろう。それにしてもおもしろい動きだ。しばらくすると今度は水浴びをしはじめた。そしてあぜ道にあがって羽づくろい。カラスが一羽やってきたがお互い、気にしない様子。モンシロチョウもつがいで飛んで来た。そしてなんだろう?なんか白い羽がチラチラするようなすずめより少し大きい小鳥がまた2羽。それにアクセントをつけるように、リズミカルなスピードでつばめが横切った。みんなカップルなんだなあ、と思う。

 さっきの野鴨は今度は丘に上がってお休みしている。2羽とも草むらに寝転がって時々、頭が動くのが見えるだけた。彼らはピクニックしているようだ。きっと最高のピクニックだろう。私の頭になぜかフランスの昔の恋愛映画が浮かんだ。

 耕すおじさんは向こうの方でもくもくと働いている。何時間かして、ふと見ると、つがいの彼らはまだそこにいて、今度は2度目の食事に動いていた。時々泳ぐように浮かんでいる。水面に、ダンスでもしているようなスムーズな動きで、いつも寄り添っている。彼らのまわりに広がる水の波紋も又美しい。たまに一羽は丘にあがってつれあいを眺めている。デートしてるな、ホントに。

 夕日が沈む時間になるまで2羽はずっと彼らの時間を楽しんでいた。そしていつの間にかいなくなったと思ったその瞬間、空中を30度くらいの角度で2羽が仲良く寄り添って飛んでいくのを見ることができた。なんて仲がいいのだろう。おじさんがあぜ道にあがって本日最後の整とんをしている。人が、こんなにきれいに土地を耕していくのを私は生まれてはじめて見ている。

 誰もいなくなった、まだ何も植えられていない水田。今ではまるで鏡のように広がり、そこに夕日の空が映っている。今夜も又、その美しく耕された大地のむこうにもうすぐ夜景が輝きはじめるだろう。私はひとり、この5Fの部屋で、ウイントン・マルサリスのミッドナイト・ブルースを聴こう。東京で聴くよりも、ここのひそやかな夜景にお似合いだ。ああ、でも、もったいないなあ、ひとりじゃ。そうだ、じゃ、アレステッドディヴェロプメントかグールーを聴こうか。-END-
 バックナンバーはこちら