Vol.6 楽園 [2003.3.20]
 いろんな新しい事がはじまりそうな季節。私もプライヴェートに、仕事に、大きな変化も訪れています。あわただしい今日この頃、私はふと、自分を取り戻す、ゆったりとした時間を満喫した、ある南の島のことを思い出しました。

 タークスケイコスという島の名前を知っている人はいるだろうか?カリブ海、キューバ近くにあるバハマの小さな離島で、日本からはマイアミで1泊しなければ行くこともできない遠い島。 2年前になる。私はふと思い立って旅行会社に電話を入れた。3年前に日本を離れ、今はそこに住む友人に会いたくてたまらなくなったからだ。思い立ったが吉日、とはまさにこのことだった。なんと、ゴールデンウィークの中日、5月3日成田発マイアミ行き、そして翌日マイアミ発プロヴィデンシャルズ着のチケットがディスカウントでとれてしまったのだった。日本からそこへ行く人はまず、いない。しかし、問題はマイアミからほとんど飛んでいない小型の乗り継ぎ便がアメリカ人でいつもいっぱいなのだった。しかし連休中サイコーの日取りでとれてしまった。連休にうまくまぎれ、たった数日有給をとるだけで、なんと10日ほど休みがとれた。こうなると私は大いに勇気づけられ、絶対に行け、と言われているような気までした。上司から休暇をとりつけた私は、鬼のように忙しくなるいじわるな毎日を誠実にこなし、クタクタになって成田から飛んだ。

 成田から飛んだアメリカン航空はシアトルを経由してマイアミへ。そこで1泊。ばかでかい空港の中にあるホテルに宿をとった。そして翌朝、朝の弱い私は念入りにアラームをセットし、それからフロントにモーニングコールまで頼んだ。しかし、なんと5時前には自分でしっかり起きだして、こころはずませてスペイン語だらけのマイアミからこの楽園に飛んだのだった。

 それから約1時間半後、空からまるで宝石のような小さな島が見えてきた。「信じられない......!本当にここに?」そのマイアミからの小型機で、品の良い白人の中年の夫妻と隣の席になった。数えきれないほどここで”長期”のバカンスを楽しんでいると言っていた。空港で上等のトランクの山がボーイに運ばれているのが見えた。その隣には例の夫妻がいた。おお!リッチだ。しかし、私の興味はそういうことではなかった。

 ゲートを出て見つけた友人!私の知っている笑顔がそこにいる。こんな遠いところに私の知っているものがあるなんて!あまりにうれしくてただ、夢のような気がするばかり。そして、私の楽園の生活ははじまった。

 吹く風はまるで羽衣のように私を包む。頭上を飛ぶペリカンに道案内されるように海に降りて行くと、なんとそこにあるのは広がる海と白い砂浜と太陽と私だけ。果てしなく広がる明るい空間には他に誰もいない。目の前にカリブ海。エメラルドグリーンとターコイズが白い泡でふちどられ、貝殻ひとつない細かい細かい白い砂浜に打ち寄せている。「いいの?私だけがこの風景を独占しても?」夢を見ている気がしてしかたない。本当に自分の頬をつねってみたりした。

 昼過ぎ、友人が仕事から休憩で帰ってくると、私をランチに連れ出した。友人はその島でホテルのマネジャーをしている。私には東京でいろいろお世話になったからといって、何と私の滞在中、そのホテルでの食事すべてをフリーにしてくれていた。どんな料理もお菓子も飲み物も、みんなただでどれだけ食べてもいいというのだ。なんだか、小さい時に読んだおとぎ話みたいだ。

 ホテルで働いている人達は、皆、良くトレーニングされた紳士と淑女ばかりで、あたたかい笑顔に包まれた。あのレゲエで有名でちょっとハードなジャマイカから来ている人も多いようだった。食事のあと、ロビーまでの道をナイトのようにエスコートしてくれた人。バーサという名前のアーモンド型の輪郭と目をしたとてもきれいな女の子は私が食事にいくたびに声をかけてくれた。将来はビューティーコンサルタントになりたい、と言っていたっけ。

 時折浜辺で出会い、言葉をかわすアメリカ人のカップルはほとんどが中年のお金持ちのようだった。ログハウスをプロデュースしているという50才台と見られるカップル。東洋人の私が独りで浜辺を歩いているのがきっと不思議だったのだろう。陽気に話しかけてくれて、なんだか日本をほめてくれた。

 浜には水を売っているところもない。不用意に水着ひとつ、手ぶらで歩いてのどがカラカラになってしまって、思わずそのありかをたずねた。そのカップルは若かったけれどこのあたりにコンドミニアムを持っているらしい。「これ、あげるわよ」といってヴォルヴィックのボトルをくれようとする。物をもらうなんてなんだか居心地が悪い気がしたが、ありがたくいただいた。「ありがとう」

 かわいらしい赤ちゃんを抱いた女性と言葉をかわした。御主人はよく東京に出張するらしい。彼女はリラックスしてかわいい赤ちゃんのことを話してくれた。本当に赤ちゃんはどこにいてもかわいらしい。

 ある日、アッと驚くポンコツ車で海に連れて行ってくれた友人の部下の男の子。ドアも注意しないと閉められないようなボコボコでサビサビのワーゲンだったがそれでも安全に私達を運んでくれた。廃車をさわっていたら動くようになったという。日本では決して見る事はないと断言できるその車は、友人もその男の子も私も微笑ませた。

 ヨットに乗っていたら雨が降出した。ウォーキングレインだ。それは海の上をカーテンが動くように歩くように降って去って行く。そのあとは又、快晴。

 小さなチョコレート色の女の子が私を見て近付いてきて話しかけてくれた。3才だという。こんな小さな子に英語が通じると、またそれは格別だ。他に2人の女の子が集まってきた。3人姉妹だそうだ。その3人を写真におさめると、真っ青な空の元、赤い花の咲く緑の庭で、3つの元気な笑顔になった。そして、 かわいらしい小さなとかげが木の上から私を見ていた。一瞬笑ったように感じた。

 マングローヴの林を風が通り抜け、アイランドスタイルの小さなカラフルな家の木戸をゆらす。海風の中に人々の声がまじる。それは呼び合うように、唄うように、又、大気に溶け込むように、この島を語る。

 滞在最後の日、水平線からダイアモンドが生まれてくるような日の出を見た。
******
 旅は日常ではない。イヴェントのようなものでもある。しかし少なくとも旅人にとって、その心の求めるものをかいま見せてくれるものだと私は思う。

 どこへ行っても、自分を自然の一部だと感じることができる、そのことこそが私の楽園だった。広がる空と海のように自分の心が幸せに大きな空間を持ちはじめるのを感じるのだった。-END-
 バックナンバーはこちら