志娥慶香(シガケイコ)さんのライブの後の居酒屋宴会。そこで突然、「アンダンテさんも一曲お願いします!」という想定外の流れになって慌ててしまいました。
(前回・第364回はこちら)
席を立ちピアノの前に行きながら「さて、何を弾こうか?」と考えます。こんな時はやっぱりいつもながらの安全パイですかね。はい、例の『ダニー・ボーイ』。このコラムでも何度か書いたことがある気がしますが、どんな時でもとりあえずほとんど何も考えずにすぐに弾ける曲っていったらこれ。他の曲を弾く時も、最初にこの曲から入れば初めて触るよそのピアノのタッチの確認とか指慣らしとかにもなりそうな曲なんです。(本当なら、そんな持ち曲をもっと増やさないといけないんでしょうけどね)
ピアノの前に座り、まずはコード進行のタラタラアドリブフレーズをイントロ代わりに。それも無難にKey=Cの1・6・2・5でC→Am→Dm→G7。
G7のアルペジオから、静かにダニー・ボーイに入っていきます。でも、弾き始めてすぐピアノの音量に違和感が。さっきまでの慶香さんの演奏ではしっかり聴こえていた音が、自分で弾いてみると何だか小さくしか聴こえない!?ピアノはアップライトでピアノマイクは無し。ピアノの上部の蓋が開けてあるだけなので、もしかしたらピアノのすぐ前に座っている自分が最も音が聴こえにくいのかな?会場の皆さんには果たしてちゃんと聴こえているんだろうか?と不安になります。すこしタッチを強くしてみましたがあまり変わらず。強く弾くことを意識しすぎると肝心の演奏が雑になったりミスタッチし易くなりそうなので、すぐまた普段の自分のタッチに戻し、もう音量のことは気にしないようにしましょ。
後は出来るだけ自分の音を聴きながら、テンポが走らないように気を付けながら、何とか大きなミスもなく弾き終えました。
弾き終わってテーブルに戻ったら、聴いてくれていた同席の女流画家のご主人が開口一番
「今の曲はロンドンデリーの歌ですか、それともダニー・ボーイですか?」
私は一瞬質問の真意が分からなかったのですが、自分ではいつも『ダニー・ボーイ』と言っているので、ごく自然に
「ダニー・ボーイです」
と答えました。するとそのご主人は納得の様子で
「やっぱりそうですよね。今の曲、もともとはイギリスでロンドンデリーの歌として歌われていたんですが、それがアメリカに渡り、黒人の間でブルースの要素が加わった哀感のあるダニー・ボーイとして歌われるようになったんですよ。今のアンダンテさんの演奏、心に沁みる雰囲気があって、きっとダニー・ボーイだと思いましたよ」
はぁ、何だかすごい分析、ありがとうございます!そう言われてみれば、確かに自分なりにブルー・ノートっぽい音をちょっと加えてみたりはしていますが。
「アンダンテさん自身が曲を楽しみながら弾かれているのが伝わってきて、とても良かったです」
そう言われて、ふとその数日前に聞いたFMラジオの番組を思い出しました。それは、ジャズミュージシャンがパーソナリティーを務めるトーク番組でゲストに出ていたあるヴォーカリストの言葉。
「ステージで歌う時、どんなことに気をつけていますか?」という質問に
「まずは自分が楽しみながら歌えるようにしたい。そしてそれが聴いて下さっている人の心に届いて、皆さんがそれで私の歌を楽しんでくれたら最高です」
そうかぁ、私はまだまだそんな域にはほど遠いですが、それでも今「アンダンテさん自身が曲を楽しみながら弾かれているのが伝わってきて〜」と、似たようなことを言っていただいて嬉しい限りです。
ここでちょっと話の流れが変わりますが。
上のことに関連してピアノ演奏時の『3人の聴衆』ということを考えてみましたので書いてみようと思います。
まず1人目。それは弾いている自分。どう弾くか、次のコードは何か、ここの指使いはどうするか、などなど考えながら間違わないように意識して弾いている自分。
2人目。それは文字通り自分の演奏を聴いてくれている人、聴衆。
普通はこの弾いている自分と聴いてくれている人の2人いれば人前演奏が成立しているはずなのですが、最近、これに3人目の聴衆が必要ではないかと思うようになったんです。それは、弾いている1人目の自分の演奏を聴いているもう1人の自分。よく自分の演奏を録音して聴いてみると自分が思っていたのと全く違ってアラがよく分かる、と言いますが、この「録音を聴いている自分」って3人目の聴衆ですよね。これを録音ではなく弾いている時にリアルタイムで意識して聴けたらいいですよね。
こんな風に弾こうと考えながら指を動かしている自分とは別に、それを横から客観的に聴いているもう1人の自分がいたら。そして、そんなもう1人の自分(3人目の聴衆)を感動させられるような演奏ができたら、きっと2人目の聴衆(本当の聴衆)にも感動してもらえるのではないか。そう思いながら、演奏中に意識して客観的に自分の音を聴く、というか、聴けるようにしたいと思っている私です。
話を戻しましょう。席に帰ってもう1人の男性から言われた言葉。
「実はこれまで何回もアンダンテさんの演奏予定を調べて聴きに行こうと思ったことがあったんですよ。でもいつも予定が合わなくて。それが今日は聴けて良かったです」
わあ、ありがとうございます!
その日のライブの主催者の男性からは
「一曲じゃもったいなかったです」と。
わあ、社交辞令だとしても嬉しいです。
それから、中年の女性の方が近づいてきて
「先生の本は、どこで買えますか?」と。
あ、いえいえ、私、先生じゃないですけど。そっかぁ、でも教本を書いている、という時点で先生と言われてもその言葉を引き受ける責任はあるのかもしれませんが。
「市内でしたら大谷楽器地下の楽譜コーナーにありますよ」
テーブルの上にあった箸袋の裏に2冊の本のタイトル(2週間速習ピアノ講座、と、お父さんのためのピアノ教室)を書いてお渡ししました。ありがとうございます。これでまた1〜2冊売れるかなぁ。
そんなこんなで。
突然ピアノを弾く羽目になって慌ててしまった私でしたが、お陰さまで単に飲んで食べていただけとは違う出会いや交流をいただき、うまくほめ言葉で励ましていただき、また自分なりに演奏について思いを巡らす貴重な機会もいただいて本当にありがとうございました。
志娥慶香さんのライブが広げてくれた素敵な一夜に感謝です!
※早くも重版が決定しました!新刊「楽譜が読めなくてもいきなり弾ける!2週間速習ピアノ講座」(講談社)のご紹介はこちら。
(続く→原則毎週火曜日更新)
an弾手(andante)
■Q&Aコーナーのご質問を募集しています。
随時、このコラムの中で取り上げてみようと思います。このコラムはコード奏法超初心者から中級の入口位の方を想定していますので、その範囲ならどんな内容でも結構です。メールお待ちしています!
piano-roman@kumamoto-bunkanokaze.com
ちょっと、ひと言。 |
少し前まで熊本県立美術館で開催されていた「スタジオジブリ・レイアウト展」というのを観ました。アニメ映画の「レイアウト」というのは絵コンテ(絵で描いた脚本)を元に、実際の映画の画面構成を具体的に描いた下絵の様なものです。膨大な数の下絵が実に細かに具体的に書き込まれていてびっくりしました。この下絵に合わせてアニメーターや美術スタッフが手分けしながら実際の絵を書いていくらしいです。
会場の壁をびっしり埋め尽くした「レイアウト」をたどりながら、いつのまにかジブリアニメの世界にワープしてしまいました。
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