Vol.99 地下鉄2010 [2010.11.10]

 友達と休日のブランチ。しかし、今年は秋晴れが少なく、まるで梅雨のような秋。 いまにも雨が降り出しそうで、地下鉄にもぐりこんだ。
ひさしぶりに赤坂に行ってみようと、千代田線に乗り換えた。すると、ぼんやりと視線の先に白髪が何とも芸術的な不思議な空気感があった。
小澤征爾さんがひとりで地下鉄に乗っていた。そして、偶然、私はそのお隣に腰掛けることになった。
前にもカフェでご家族いっしょのところをたまたま“見かけた”。でも、今度私は会釈をして座った。
私はいつも、開いている席に座る時、会釈するくせがついているが、この時は笑顔で「こんにちは」と言った。そうしたかったから。
小澤征爾さんはサングラスをかけ、腰痛のためと思われる杖と携帯用の椅子を携えていたが、私がご挨拶すると、まるで私が、いつかいっしょに演奏した楽団の一員だったかなというような笑顔で答えてくれた。
本当は話しかけたカッタ。超一流のこの人を何度か見かけていて、今年は本気でサイトウ記念も行きたかった。でも、こんな偶然に感謝する。
間の駅で、若い女の子が微妙にあいた私と小沢征爾さんの間に座った。
降り際に、小澤征爾さんは私をもう一度見て、軽くほほえんでくれた。
休日ですいていたけれど、ホームでは降りたとたん、気づいた人に握手を求められていた。小澤征爾さんにはそういうのがとても似合う。まるで、やっぱり楽団で知っている人とするかのように、さりげなく暖かく静かに答えている。極上の幸福感みたいなものがじんわりと広がった。

 最近通勤電車が以前に比べると2割は増しているような気がする。混んでいると、傘があたっただの、押されただの、嫌なことも時折起きる地下鉄。でも、休日はOKだ。
赤ちゃんが乗っていると私は思わず近くに行ってしまう。赤ちゃんは本当にかわいらしい。赤ちゃんは何でもわかっている。そして目が合うだけで、大人はしなくなってしまった心からの挨拶をくれる。前に私に手をふってくれた赤ちゃんのお母さんにそれを言ったら「本当にね…」とうれしそうな顔をした。赤ちゃんは心の存在なのだと思う。あんなふうにありたいと思う。

 

-END-

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