TVで、今の若者が消費をしないと言っている。
私の友達には『若者』も多いので、ちょっと見てみた。つい昨日も、長野に帰った若い友達がひさしぶりに東京に来るという連絡をもらい、若者の中に混じって心から穏やかで楽しい時があった。
さて、TV番組で対比されていたのはバブルのころ。私は両方知っているわけで。
はて、ところで『昔の若者』はどう見られていたのか…驚愕。
自分の暮らし方・考え方は、今、TVでバブルとして紹介される『かたち』とはぜんぜん共鳴しなかったが、ただ、私はそのころ、会社で恩恵をいただいていた。そしてそれこそが『働く醍醐味』なのだと感じていた。私がはじめて海外に行ったのは、会社の出張。
仕事での海外出張、そのころの世の中は活気づいていたから、ずいぶんと自分ではできない体験:仕事で参加できたイベント、宿泊したホテル、そのころの『世の中』を通して感じて来れた事がある。だからおそらく『今の若者』よりも、いわゆる『社会の恩恵』をいただくかたちになっていたんだと思う。若くて四苦八苦チャレンジしながら働いていたのは確かだけど、それはまず、物理的に絶対に自分ひとりの旅では果たせないグレードだった。だから『社会がうるおっていること』の何か、を感じる。自分でできないことを体験できる。そして、人は環境によって成長もするもの。
仮にその時、自分が恩恵をいただいていることがわからないバカだったとしても、その時でなくとも、人は、『それ』によって何かを考えたりするものだと思うから。
TVで示された『持っているもの今昔比較』の項目は、スキー用品、車、ブランド商品、バイク。これが比較されるもの=『昔の若者』が持っていたものなのか!
だから、こういう統計は信用できない。私はその中の何も持っていたことがないわけで。一方、今の若者は消費はしない傾向にあるものの『自分の趣味に多額を投じている』そうだ。私も、大学時代の制作費、夢中になったダンスレッスン代、音楽、ともだちとのたまの楽しい外食、そしてやっぱり好きな故郷への年2〜3回かかさない帰省費。そして、悲しくも沸騰する家賃。でも、それらをおしんだことはない。
お金の使いどころ。『スタイルを持つ』ということ。バブルのころにいわゆる働きはじめ、そして育って来た私だが、不況と言われる現在の『今の若者』の考え方におおいに共感する。世代を超えても不変的なものはあり、『今の若者』の考え方は普遍的なものに近いと思った。
この世の中は、なかなかにお金がかかる。それは、10年前、はじめて会社を辞めた時に思った。税金。これは、やめてみないとわからないことだった。
税金=『もらうだけのものにかかるもの』、『前の年にいただいたお給料にかかわって次の年にかかる支払い義務』に、会社がおよそ半分は肩代わりしている制度があるのだ。こういった事を本当は、これこそ、学校で教わりたかった。
『若者』
バブル以後に大人になった若者は、その、一時的に狂った『バブル』なんて言われるころとは違った社会の中で、実はなかなかいいものを身につけたんじゃないか。それは、もしかしたら明治のころの日本人の気骨に似ているかも知れない。
かぎりなく昭和の私は、そう思う。けれど、昭和、なつかしく、とてもうれしいと思う。
しかも、今となってみるとどこか独特のユーモアがある。
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