「じゃあ、副都心線で行こうか。すぐ近くに出るし」
友達がそう言った。
6月に開業した副都心線について、そのひとつのルートを私の身近な例で
説明させてもらうとこんな風。
例えば明治神宮前まで私の家の方向から地下鉄で行くなら、赤坂見附まで出て
千代田線に乗り換え4駅目合計14駅、となんとも大回りだった。
でも、この新しい地下鉄副都心線を使えば、赤坂見附より4駅も手前の
新宿3丁目で乗り換え、それから2駅目計8駅で到着する。合計すると
6駅も近くなった。時間も多分40%は短縮。地下鉄の一区間はたった1分半から
3分近くまで、考えてみると歩いても行ける長さのつながり、
というわけだが、10駅以上繋がると本当に長く感じるものなのだ。
都営大江戸線が出来た時はこうはいかなかった。大江戸線はあまりに地下の
深い所にあり、新宿から六本木までたったの2駅という事実も実は、
従来の行き方で新宿から6駅目の霞ヶ関で日比谷線に乗り換えて2駅目、
新宿から合計8駅の六本木と時間もさして変わらない程歩く。
それにやっとホームについても地下鉄もなかなか来ない。
とにかく短縮された駅の分ほど歩くのだ。
さて、その日は渋谷で銀座線から副都心線へと乗り換えた。その乗り換えも
しごく簡単で、長々と歩いたりエスカレーターで何階分も上下する必要もなかった。
使った区間は、たった1駅分の渋谷から明治神宮前まで。実は、明治神宮前は
要するに原宿で、渋谷からJRでも1駅なのだが、JR渋谷という駅はホームも車内も
ものすごく混んでいて1駅でもひと仕事だ。
副都心線の駅は、ちょっとファサード(と、いっても建物があるわけではなく
地下道を歩くと入り口にたどりつくという、何となく『地底都市』のようだ)が
近未来的というか、それでいて少しレトロな『70年代に空想された未来』な感じ。
多少奇妙な感じもなきにしもあらずだが、エスカレーター乗り口のポールや
その楕円型でドーム型の眺めが、ちょっとパリやロンドンのメトロにも似ていて、
一瞬『ここはどこ?』と不思議な感覚。
さて、地下鉄がやってきた。金曜の8時ごろなのに空いている!
まだ皆が使い方を知らないから?
友達と『ヤッタ!』、しめたとばかりに乗り込み、ゆったりと座った。
さて、東京で私が好きな地下鉄は他に半蔵門線があるが、これも比較的
いつもきれいで空いている。しかし副都心線は『出きたて』ということも
あるだろうが、それ以上に乗り心地は抜群にクリーン。
渋谷から座ってスイスイ、たった1駅でついた明治神宮前。ドアが開くと、
ほんの少し歩いて地上へ出た。
地下から地上へと続く階段を昇りながら、徐々に街の風景が見えてきた。
ちょっとキッチュな広告。 表参道と渋谷とが交差するこの場所のネオンだ。
そして、出た場所は、まさに『出たい場所』というわけだった。
この線ができる前、ここは単に地下。地下鉄溝のなかった場所に穴があいて、
そこからはじめて地上に出る感覚。超高層ビルからの眺めも同じだが、
はじめての角度から見る感覚だ。
やにわ脳裏に『タイムトンネル』という言葉が浮んだ。
『タイムスリップ』『タイムトンネル』というものが、こんなに身近に感じるとは
思ってもみなかった。
これまで30分かけて行っていたところを10分で行けるその感じ。
同じ1駅だとしても、四苦八苦階段を登り人をかきわけて行くのと、
まるでハイヤ−にでも乗るようにスムーズにしかも、目的地の真下に到着する感じは
全く違った。それは、まさにタイムトンネルだった。
仕事で東京ビッグサイトへ行く機会があった。『ゆりかもめ』という
無人で動く電車に乗って行く。
『ゆりかもめ』が今大回りする路線は、晴海埠頭そして80年代には
『ベイエリア』などと呼ばれはじめた倉庫街。晴海埠頭は昔、
銀座からバスで行く、ゆかたの模様のような枝垂れ柳が風に 揺れ、
ちょっとさびしくも、もんじゃ焼きの香りのする風情のある東京の港町だった。
今、目に映るその風景は、まるで未来の都市よろしく高層建築物が
海のむこうに林立している。その中にある『東京タワー』は昭和の面影を持ったまま、
やはり風景の中でヒーローだ。
梅雨の晴れ間、もう夏を思わせる日ざしに海と羽田に離発着する飛行機が見える。
緑の生い茂った木々はまるでマグリットの絵のような不思議な陰翳を持っている。
遠くには風力発電の風車がふたつ。
明るすぎて曇って見える空の下、その風景を眺めていたらまた、
気持が不思議な時空のポケットにはまった。
SFに出てくるような事も、実はどこにでも転がっているのかも知れない。
もっとも私が最近『夏への扉』を読んだ後だったからかも、しれないけれど。 |