Vol.63  師走 [2007.12.17]

 『師走』
先生が大きく黒板に書いた。
小学校ではじめて『師走』を教わった時のことだ。
師走とはすなわち12月のことで、『先生・師匠も走るほど忙しくなる』という
意味だと教わった。
 それからというもの毎年、12月が来る頃になぜか忙しくなった。
今では気がつくと年々、年末やクリスマスの味わいさえも薄くなってきている。
今年はことのほか忙しかった。仕事では、短期間にやりあげなければならない事が
集中して、少なくとも年に2回はへたばってしまいそうになった。そして12月とも
重なった。
 そんなテンコ盛りの業務の最中には脳みそのどこかが常に仕事の手順を考えていて、
夜もおもわず起きてしまうほどだった。
 忙しくなると、さらに『掃除の神様』までが降りて来たりする。
休日も追い立てられるように家の掃除をし、暮れのおしせまったころに予定されている
出張を見越して、新年を迎えるための身だしなみのことまで考えている。いつ美容院に
行こうか、家庭用品は何が足りないか、などと細かいことにまで頭が支配された。
 しかし、そうやって鍛えられると、私の頭も整とんされ、結果的にはホっとする時間を
作ることにも成功したりする。個人的なモチベーションで積極的に動く時、
ものごとは苦にはならないものだ。

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 ある日のこと、『ほうれんそう』を買ってきて洗っていた。
ふと、シンクの中に小さな草が落ちていた。ハコベかクローバーに似ていて、
手のひらにすっぽり隠れるほどの小さな雑草。ほうれんそうに混じっていたのだろうが、
なんだかその草だけが主張するように落ちていた。
 あんまりそれがかわいくて、私は小さな瓶に差して毎朝、水を入れかえた。
クローバーほどの葉っぱに水滴が乗って光ると、その日がなんだかいい日になるような
気がした。
 2週間くらいたっても、草は元気で、ふと見るとその中央に小さな葉の芽が出ていた。
台所でそれを見た私はおもわずハっとした。

-END-
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