Vol.119 空間 [2013.6.5]

  朝のはてしなく混んだ通勤電車。
いつものように満員の中に入り込む。でもなんだか車内がいつもよりすっきりしている。
乗り込んだ入り口脇の額に“アド・ギャラリー(この車両は広告貸し切り車です)”と書かれたポスターが目に入った。ふと上を見上げると、しかし、その一枚以外、中吊りの広告はおろか、壁面にもどこにも広告はなかった。車体だけの電車。ひさしぶりにそんなシンプルな環境に出会った。
作業の途中だったのか、わざとそんな実験をしてみたのか?
どちらにせよ、一枚も広告のない通勤電車は、人間が半分に減ったような気がして、満員なのにしごく爽やかに感じた。

 しばらくすると、それでも至る所に注意書きのステッカーがあることに気がつき始めた。『非常警報装置案内』『ドアに注意』『UVカット(肌にやさしい)』(地下鉄なのに)…この中で本当に必要なのは警報装置案内だけかも。
 そう思った頃、何もないと思った車内は、まだまだたくさんの文字やサインで混み合っているのがわかった。目の前の人のバッグのブランドネーム。斜め前の若者のTシャツのロゴ。そして、スマホ。

 以前、熊本の広告のADトレインに乗り合わせた時とは全く違う方向に私の気持ちは動いて行った。
もし、世界がもっともっとシンプルになったら、もっといろんなことに気づくようになるのでは、と。
******* 

それに、ありすぎることはあっても、なにもない、ということはやっぱりどこにもないのだと思った。

-END-

 

 バックナンバーはこちら